プラセンタの歴史

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プラセンタの歴史

西洋でのプラセンタの歴史

プラセンタとクレオパトラ

西洋では、古代ギリシャの医師であり、「医学の父」、「医聖」といった異名をとるヒポクラテスがプラセンタ治療をしたと伝えられています。
年代的にはちょうど紀元前400年前後になります。

 

世界三大美女のひとりといわれるエジプトの女王クレオパトラや、フランス王妃マリー・アントワネットもプラセンタを愛用していたとされています。

 

 

中国では漢方薬

中国では、プラセンタは紀元前から秘薬として重宝され、紀元前3世紀には、既に傷の治療に使われたと言われています。

 

紀元前250年前後の秦の始皇帝の時代 は、不老長寿の薬としてプラセンタが珍重されていました。また、楊貴妃が美容法にプラセンタを取り入れていたと言われています。

 

プラセンタは、唐の時代に編纂された『本草拾遺』に、「人胞」、「胞衣」という名前で初めて漢方薬として登場したとされています。現在の『紫河車』として登場してくるのは、明の時代の『本草項目』からです。名前の由来は、「紫」は帝王の意味、「河車」は、精霊に通ずる北方の生気の意味があるそうです。

 

日本でのプラセンタの歴史

日本では江戸時代、加賀3大秘薬のひとつ「混元丹」に、「紫河車」としてプラセンタが登場しています。

 

メルスモン

しかしプラセンタが広く知られるようになったのは、旧ソ連のフィラートフ博士が行ったプラセンタを使用した「組織療法」が1950年日本に伝わり、「組織療法研究所」が設立されてからです。
この「組織療法研究所」がメルスモン製薬株式会社に発展し、更年期障害に効能のあるプラセンタ注射薬『メルスモン』が誕生しました。

 

 

ラエンネック

また、第二次世界大戦終了後、稗田憲太郎博士が中国でフィラートフ博士の「組織療法」に出会います。稗田博士は帰国後に久留米大学教授となり、プラセンタの利用に関する研究を行って誕生したのが、肝機能障害の治療薬「ラエンネック」です。